【リーダーへの一歩】

決断力をもっていること

あなたは――決断――していますか?

答えは、勿論YESである。
人は常に決断しているもので、何も決断していない人などいない。朝、起きることを決断し、何を食べるかを決断し、明日の為に寝ることを決断する。そういう意味において人はみな、生まれながらにして決断力を持ち、常に決断し続けながら生きている。

ならば、人間にはそもそも決断を伴わない行動があるのだろうか?

ここで、JCや家族など自らが力を注いでいる何らかの集団を想像して欲しい。それぞれに様々な人間関係があり、ルールがあり、それに「従う」ことでその集団は成り立っている。 その場において、自分が他者の行動や言動に従うという行為は、すべからく決断をしていることになるかというと、必ずしもそうとは限らない。物事の正当性を考えてからの「従う」であれば、不満の有無に関係なく、それは「従う」ことを自らが決断していることに他ならないが、何も考えていないような場合は、それは「決断」というより「本能的行動」と呼ぶべきものではないだろうか。

言い換えれば、個人が「決断力をもつ」為には、常に「自らが考えて」行動することが欠かせないのである。

他方、集団自体も常に決断をしている存在には違いない。
しかし、その決断をしているのは集団そのものではなく、あくまでそれを構成する個人である。法人の集団も勿論あるが、結局のところその法人の決断を特定の個人が行っているので、すべからく決断は個人によって行われる、といえる。集団が「決断力をもつ」集団であろうとする為には、結局のところ、構成する個人それぞれが決断力をもっていなければならない、ということになるのである。

さて、集団は決断力をもっているべきか否か?
勿論、これもYESである。
決断力を失った集団が行きつく先を想像して欲しい。色々な過程を辿ることはあるだろうが、最終的に行きつく先は…「自然消滅」か「仮面」なのではないだろうか。

自らが「決断」し加入した集団がそうならないよう、個人は決断力をもっていなければならない。
――それが、集団を構成する個人の責務なのである。

                                        会員資質向上委員会 坂田 久幸